小学校の英語教育導入、どう考える?
英語導入、ニュースから考えること
【記事】小学生の英語、「点数評価せず」 文科省方針
朝日新聞(2007年9月11日)より以下抜粋
文部科学省は10日、学習指導要領の改訂で導入を検討している小学校の「英語活動」について、検定教科書を使わず数値評価もしないという案を中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の教育課程部会に示した。部会では反対意見は出ず、教科ではなく現行の「道徳の時間」や「総合的な学習の時間」などと同様の位置づけになりそうだ。
○小学校高学年で早ければ11年春から英語活動を導入するという文科省案は、教育課程部会の下部にある小学校部会が大筋で了承している。教育課程部会はその結果を受けて検討した。
○文科省がこの日出した案では「幅広い言語に関する能力や国際感覚の基盤を培う」ことを目的とし、「中学校の英語教育を前倒しするのではない」と明記。教科のように数値評価すべきではなく、検定教科書を使うのではなく「国として共通教材を提供することが必要」と記された。
○委員から明確な反対は出なかったが、なぜ小学校から始めるかという点では、「中高の英語教育の課題や反省点を踏まえないと(導入に)納得を得られない」(中村正彦・東京都教育長)、「(目的は)国際理解なのかスキル養成なのか。文科省案には両方の考え方が並んでいる」(市川伸一・東京大教授)といった意見があり、引き続き議論することになった。
◇小学校の教科に英語を導入するかどうかの議論は、いつ終わったのだろう。議論は、確かにあったが、その議論が深まって国民のコンセンサスになるまでには、至っていないように思うが、どうだろうか。
◇これでは、2002年の教育改革を始める前に起こった議論と同じで、議論はあったが、その議論が、国民の中で深まって、国民が納得して受け入れたという状況にはないように思う。それ以上に、なし崩し的にどんどんと英語導入に向けて、状況を固め、文句の言えない状況で、小学校の英語導入になってしまったような感じだ。
◇ただ、国民に対する配慮も当然あって、「点数評価」しないという方向を打ち出して、教科導入としての英語を玉虫色にして、抵抗感を少なくしている。しかし、こんな細工は、次の改定時には、なくなって、点数評価され、小学校の教科の中で、一番重要な科目に英語がなっていることだろう。
◇いつも思うことだが、国家の教育行政が、先の見通しまで含めて、教育の全体像を国民に提示して、是非を問わない限り、まともな議論は出来ないような気がする。ここ数年の国民を騙し討ちする手法は、もうやめたほうが良い。
◇英語というコミュニケーションスキルを日本人が、持つことに誰も反対はないのだ。中国語というコミュニケーションスキルだって身に付けたほうが良いのだ。ただ、そのための議論を正々堂々展開するための正しい情報開示が必要なのだ。前回も書いたことだが、そのためには、ぜひ、全体像を示して欲しい。教育行政が考えている本当のところを知らしめて欲しい。
◇部分部分の改定で、どんどん何かが進行していくことに対して、私は、非常に大きな危惧を持っている。皆さんはどうだろうか。小学校の教科に英語が導入されるのは、これも一つの隠された意図の実現のためだと思う。隠された意図とは、大衆教育とエリート教育の単線的な複線化の学校制度の確立だと私は思うのだが。
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