親力集中講義

第20回 相手が本当に喜ぶほめ方とは?

ある年、私は6年生のクラスを担任していました。 そのとき、音楽と家庭科を級外の先生に受け持ってもらっていました。 その代わりに、4年生のあるクラスの図工を私が受け持っていました。 図工は毎週2時間ずつしかないので、できるだけ子どもたちとコミュニケーションをはかりながらやっていました。

その4年生のクラスに、とても絵の上手な男の子、A男君がいました。 ところが、A男君はかなり無口で、おまけに喜怒哀楽を表さない子でした。 それで、なかなか打ち解けた状態にもっていくことができませんでした。

当時、その学校では、2学期に校内美術展が行われていました。 それで、2ヶ月くらいかけて四つ切りという大きな画用紙に絵を描くことになりました。 全員の作品を体育館に掲示して、みんなで鑑賞し合うということになっていたのです。 そのクラスの担任がファッションセンス抜群の女の先生だったので、モデルになってもらうことにしました。

その先生が普段とは違うとてもきれいな服を着て教室に入ってきたとき、子どもたちは大喜びしました。 それから、その先生を囲んで、みんな一生懸命描きました。 その日2時間かけて、下描きが半分くらい終わりました。

授業が終わって子どもたちの絵を集めたら、やはりA男君の絵がとてもすばらしくよくできていました。 それで、私はすかさず「A男君、すごくうまいね〜」とほめました。 ところが、A男君は「・・・」といった感じで、ちっともうれしそうではありません。

月並みな言い方ではダメかなと思い、言い回しを工夫して、「きれいな先生が君の絵でますますきれいになってるよ」と言ってみました。 でも、A男君の反応は同じでした。

1週間後の図工の時間に、また2時間かけて、下描きができあがりました。 今回はもっと感情を込めて、A男君に本当に心から感心していることを伝えようと思っていました。 それで、思い切り大げさに「本当に!す〜っごくうまいよ!」と言ってみました。 でも、A男君の反応は同じでした。

1週間後、今度は絵の具を使っての色塗りが始まりました。 私は、A君のことがずっと気になっていたので、しょっちゅうA君のところへ見に行っていました。 過去2回の反省で、今回はほめ方を変えようと思っていたのです。

過去2回は、あまりA男君の描いているところへは見に行っていなかったのです。 というのも、A男君は自分でどんどん上手に描けるからです。 クラスにはなかなかうまく描けない子もいるので、どうしてもそういう子の個別指導に力を注ぐ必要があるのです。

でも、そのときは、なんとしてもA君をほめて喜ぶ顔が見たいという気持ちが強くありました。 それで、A君の様子をちょくちょく見に行くと、手や腕のところをすごく集中して塗っていました。 色を少しずつ変えて、何度も塗り重ねています。 どうやら、A男君は、手や腕の立体感や丸みを出そうとしていたようです。 それで、少しずつ肌の色を変えて明るいところと暗いところを慎重に塗り分けているのでした。 それを見たとき、私はピンとひらめきました。

そして、絵を集めるときにA男君に言いました。 「この手や腕の立体感や丸みがよく出ているね。肌の明るいところから暗いところまで少しずつ色を変えたからだね」 それを聞いたA男君は、にんまり笑いました。 前の2回にはなかった表情でした。

これは、私にとっていい経験になりました。 人の心に届くほめ方とは何かを、考えるきっかけになったのです。 自分が本当に思い入れしているところをピンポイントでほめられると、人はとてもうれしいのです。 「よく分かってくれてるね。ありがとう」と言いたい気持ちにすらなるのです。

そのためには、ほめる前にできるだけ注意深くそこを見極めなければなりません。 ときには、結果だけでなく過程を見ていることが必要になることもあります。 というのも、人間の見る目には限界があって、結果だけ見てもその人の努力の過程はなかなか見抜けないからです。

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