親力集中講義

第37回 親は迷うのが仕事 〜「交渉の余地なしの親」と「交渉の余地ありの親」〜

ある集まりで、2人の子どものお母さんであるAさんが愚痴をこぼしました。

「まったくいろいろ迷って困っちゃうの。
昨夜なんて、子どもは夜の9時に寝る約束になっているのになかなか寝なくて…。
「もう寝なさい」と言えば「もうちょっとだけ」と言うし。
怒れば慌てて寝るけど、そんなことで怒りたくないし。

子どもに「○○買って」とねだられて、買ってやってもいいような気になったり買わない方がいいような気もしたり。
まったく、どこまでよくてどこからいけないのか…。何か、迷わなくていい基準みたいなものはないかしら」

Aさんは、何かはっきりした基準が欲しいと感じているようでした。
どんな場合でもスパッと割り切って判断できるような明確な基準です。

私は、Aさんの話を聞きながら、BさんとCさんという2人のお母さんのことを思い出しました。
なぜかというと、この2人は迷いのないお母さんだったからです。

Bさんは次のようなお母さんです。

・決めたことは絶対に守らせる。夜9時に寝ると決めたら、毎日1分たりとも遅らせることなく必ず守らせる。
・子どものおねだりには屈しない。「○○買って」と言ってきても耳を貸さない。
・長女が、6年生まで続けるという約束である習い事を始めた。5年生のとき、その子が「もうやめたい」と言ったが絶対やめさせなかった。

世の中にはすごい親もいるもので、こういう親も実際にいるのです。
これを仮にBさんタイプとします。

Cさんは、Bさんと正反対のタイプです。
・子どもの言うことは何でも鵜呑みにして、何でも子どもの言う通りにしてやる
・子どもが欲しがる物は何でも買ってやる
・約束など決めないし、たとえ決めたとしてもすぐ破られて意味がない
・それでいて、子どもの宿題や持ち物の見届けは全くしない

こういう親も実際にいます。
これを仮にCさんタイプとします。

みなさんは、ABCのどのタイプに近いですか?
もちろん、完全にどれかに当てはまる人はいないと思いますので、どれに近いかということで自分を振り返ってみてください。

たぶん、ほとんどの人はAに近いのではないでしょうか?
そして、私はAであることに自信を持って欲しいと思います。
というのも、BとCは共に極端すぎて危ないからです。

Cのような親では、子どもは、何でも思い通りになると思ってしまいます。
がまんするとか、自分の欲望をコントロールするなどという経験が、まったくできません。
約束、決まり、生活習慣、お金、物の管理など、何に対してもルーズになってしまいます。
これは、甘やかしと放任が同居している状態と言っていいと思います。

Bのような親では、子どもは親に何を言ってもムダと感じるようになります。
それは、やがて、自分の周囲の全てに対する無力感につながっていきます。
「自分が何か願いを持っても、叶えられるはずがない」という気持ちを持ってしまうのです。

Bのような「交渉の余地なしの親」に育てられると、成長してからも、自己主張ができない、積極的に人に働きかけられない、自分から諦めてしまう、などということになる可能性が高いのです。

ちなみに、Cは「交渉の必要なしの親」と言ってもいいかも知れません。

これら2つに対して、Aタイプは「交渉の余地ありの親」と言えます。
親が「もう寝なさい」と言ったとき、子どもが「もうちょっとだけ」と答えて、その後、親子の間で交渉が始まります。
「もうブロック片づけて寝なさい」「後30分でできあがるから」「30分は長すぎ」「じゃあ、後20分」「片づけにも時間がかかるんだから、ブロックは後15分にしなさい」「はあい」(やったね)

親としては面倒くさいかも知れません。
でも、親が「もう寝なさい」と言ったとき、子どもが「もうちょっとだけ」と言える、そういう親子関係であることは大事なことなのです。
そういう親子関係なら親子間交渉が可能になります。
そして、この親子間交渉は、それ自体がとても大切な教育なのです。
というのも、これによって、子どもは交渉への意欲と交渉力を身につけることができるからです。

子どもが「○○買って」と言ったときも同じです。
一言で言えば、何でもすぐに買ってやる買い過ぎも、一切買ってやらない買わなさ過ぎも、共に問題があります。

Aのタイプなら、次のような交渉が始まります。
「○○買って」「なぜ○○が欲しいの?」「□□だから、必要なんだよ」「たしかに、あれば便利だよね。でも、△△があるからいいんじゃないの」「だけど、どうせ中学になったら○○を使うんだよ」「でもね…」

このような交渉があって、親も迷ったあげく、結局買う場合もあれば買わない場合もあります。
それによって、子どもは願いが叶うこともあれば叶わないこともあると知ります。
欲をかいて要求しすぎれば失敗することも知ります。
一生懸命説得すれば叶う可能性が高くなることも知ります。
自分には知恵と工夫で願いを叶える力がある、ということも知ります。

親は、まずは、交渉のテーブルについて子どもの話をしっかり聞いてやることが大切です。
そして、親が納得すれば、買ってやればいいわけです。

それと、たとえ最終的にノーと言う場合でも、子どもの欲しい気持ちは共感的に聞いやってほしいと思います。
「確かに○○があるといいよね。欲しい気持ちはわかるよ。だけど、けっこう値段も高いし、それに△△もあるから、ちょっと今はまだ買えないな」
つまり、「イエス、イエス…、バット」方式です。

そうすれば、子どもは一応話を聞いてもらえ、自分の欲しい気持ちに共感してもらえたことで、「気持ちはわかってもらえた」と感じます。
それで、ある程度の満足が得られるので、「たしかに、今はムリだよな。まあ、しょうがないか」と、あきらめもつくわけです。

このように、一見面倒な親子のやり取りですが、それはすばらしい教育の機会でもあるのです。
ですから、親子間交渉を楽しみながらやってください。
親が感情的に興奮して怒ってしまうようでは、交渉とは言えません。

これは、親子の綱引きのようなものです。
または、八百屋の値切り交渉のようなものです。
八百屋の値切り交渉で、感情的に怒ってしまう人はただの未熟者です。

ところで、人生は、何ごとにおいても、あらかじめ決めた明確な基準に従ってスパッと割り切って判断できないことが多いものです。
というのも、いつもいろいろな事情が複合的に関係してくるからです。

子どものおねだり1つ取っても、そのときどきによって事情がいろいろ違います。
その物の必要度、子どもの熱意、物の値段、家の経済状況、子どもの年齢、子どもの精神状態や生活態度、家族の人間関係、友達が持っている率、などなど、いろいろなことを総合的に判断することが必要です。

このような諸条件を総合的に判断した上で、的確な判断をしていくことが大切なのです。

何ごとにおいてもそうです。
ですから、子育てにおいて、冒頭のAさんのように迷うのは当たり前であり、とても大切なことなのです。

ただし、誤解しないで欲しいのですが、何ごとも基準がなくていいというわけではありません。
基準をはっきりさせておく必要があるものもあります。
Aさんの家でも、「9時に寝る」という基準があります。
そして、その基準があるから、交渉も可能になるのです。

基準が何もなければ、交渉もあり得ません。
生活の全てがルーズになり、場当たり的に流されていくだけになってしまいます。

基準やルールを作ったら、それを意識し続けられるように、明文化して目につくところに貼っておくといいでしょう。
基準やルールを意識し続けているところだけに、交渉もあり得るからです。
ですから、基準を守る努力が必要なのです。
その上に、交渉があるのです。

しばらくそれでやってみて、もしその基準が現実に合わないとはっきりしたときは、親子で相談して書き換えることもできます。
それも、また、大切な親子間交渉であり、教育の機会でもあるのです。

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