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子どもが親の財布からお金を盗む理由

厳しく叱るだけでは解決しない

私がよくチェックしている育児の掲示板に、次のような投稿がありました。

中学生になる息子は真面目でいい子だが、私(母親)の財布からちょこちょこお金を盗んでいるようだ。聞けば「塾の帰りに友達とラーメンやハンバーガーを食べるお金がほしかった」と。家庭の方針で、外食は許さず手作りのものを食べさせていただけに、息子に裏切られたようで親として情けなく思う。どうしたらいいか…。

この相談内容に対して多くの人が、
「たとえ親の財布でも、黙ってお金を盗むのは泥棒と一緒。いかなる理由があろうと厳しく叱るべき」
とレスをつけておられたことに私は違和感を感じたのですが、皆さんはいかがお考えですか。

私も高校生の時、しばしば親の財布から100円、200円とお金を盗っていたクチです。理由は、友達との付き合いにお金が要ったからです。
当時、私の親は毎月5千円しかくれませんでした。その中から、毎月千円のクラブ費を差し引けば、残りは4千円。
しかし、食べ盛りでお弁当だけでは足りなかった私は、午前の授業の合間に早弁し、昼休みには学生食堂や近くの定食屋に行かなければ夕方までお腹がもたなかったのです。
ところが、うちの親は「子どもにお金を渡すと不良になる」という頑なな考えの持ち主で、「弁当が足りなければ家まで食べに帰って来い」と5千円以上は絶対にくれませんでした。
確かに、食堂などに行かず、家に帰ればいいのかもしれません。しかし、花の高校生が、昼休みの一番楽しい時間を友達とも過ごさず、学校生活を楽しめますか?高校生にとって、友達とのおしゃべりは大事なもの。「仲間はずれにされるから」じゃなくて、1分1秒でも長く友達と一緒に居たかったのです。
だから、盗りました。

そんな気持ちを説明したって親は絶対に理解しないし、「そんな金のかかる友達付き合いはやめてしまえ」と言うのが目に見えてたから、黙って盗る方を選んだんです。
何も言われなかったけど、多分、親も気付いてたんじゃないかなと思います。だからって、得した感なんて少しもなかった。「盗ってやった、ウヒヒ」なんて気持ちには絶対にならなかったです。
「実の親子なのに、なんでドロボーみたいな真似をしてまで…」と、自分自身のことも、自分たち親子のことも、みじめに情けなく感じていました。

親の財布からお金を盗む理由ですけれど。
子どもも家の経済状態がどの程度か、自分がこう言えば親はどう答えるか、中学生にもなれば十分に理解できますし、子どもなりに遠慮もあります。
そもそも、子どもが「お母さん、こういう理由でお金が要るんだけど、いくらかもらえない?」とストレートに言えない関係だから、盗まれるんです。そうでなければ親の財布から嬉々としてお金を盗む子どもなんていません。
盗まれた親も「裏切られた」と傷つくかもしれませんけど、盗む子どもは心の奥深くでもっと傷ついているものです。

それにしても、私が違和感をもったのは、こういう出来事を『善悪』の観点から断罪してしまう人が多いことでした。私なら、まず子どもが自分に何も話してくれなかったことについて、親として情けなく感じます。
「お金を盗った」という事実に対して自分の育児を疑うのではなく、「子どもが親に甘えられない」という親子関係の歪みに対して、自分の親としての力量を疑います。
いい親子関係というのは、子どもが意を決して「友達との付き合いにお金がいるから、もうちょっとお小遣いちょうだい」と、おねだりできることです。

まともな感覚の持ち主なら、親に「お金ちょうだい」と言うのは大変勇気のいることです。それについて、事柄だけに目を向けて「何を言ってるの、ワガママな!」と、ピシャっとやってしまうから、子どもは心を閉ざして「親ウザイ」となるんです。
子どもがわかってほしいのは「ちょうだい」の部分ではなく、「勇気をもって自分の願望を伝えた」という心の部分です。たとえ親の都合で望みが叶わなくても、理由があれば納得できるし、「自分の気持ちを受けとめてもらえた」というだけで信頼感がグンと伸びるのです。手に入るかどうかは問題ではありません。「言った」「聞いてもらえた」という、このプロセスが非常に大事なのです。

今、中学生・高校生はもとより、大学生や社会人になっても「親に何も話せない」という人は多いですし、実際、日本人ほど孤独な人種もないと私は思います。
「ティーンの子どもとの会話がなくなるのは当たり前」みたいに思っている人も多いですけど、私の知っているアメリカやポーランドの家庭では、子どもの友人関係はもちろん、将来の希望、学校での悩み、趣味、関心事など「親が知らないことはない」というぐらい会話がよくなされますし、子どもも自分の欲求はストレートに親に伝えることが多いです。
ティーンの子どもとの間に隙間ができるのは、話してもわかってくれない『鈍感な親』と思われている可能性が大きいのではないでしょうか。にこにこして子どもの機嫌取りができるのも小学生ぐらいまでで、中学生にもなれば、親にもそれなりの人間性や哲学性が要求されるものだと思います。子どもがティーンになった時、人間としての親の器を見透かされて、信頼をそこねないように一緒に成長したいものです。